ごちゃまぜ文化を是正しよう

日本は欧米と比べて全般的に「ごちゃごちゃ」しています。

それは街並みだけではなく、精神的な部分でもいえることです。

 

例えば、目的のごちゃまぜ。

最近話題なので例にとりますが、教室のエアコン設置の是非に関して「暑さに耐える訓練も必要」という議論があります。

これは教室で行う本来の目的である「学習」に加えて、暑さの中で勉強させることで「暑さに耐える訓練」も兼ねさせようとしているのです。

部活動にもそれが言え、競技技術を向上させることと、精神力や礼儀を教え込ませることとがごちゃまぜで、結果として非合理的で理不尽な練習が行われています。

そして仕事。

仕事は本来、事業目的を達成するためにすることですが、ここによく「人間としての成長」などと言い、仕事本来の目的のほかに別の目的を設定してしまったりしています。このため、無駄に苦労する非効率な方法や、精神論が幅を利かせたりするのです。

 

体や精神を鍛えたいのであれば、その目的に適した合理的な方法を取るべきと考えます。

 

このような目的のごちゃまぜは、場合によっては本来の目的より強調されてしまい、あらゆる行いの目的が達成しにくくなります。

もちろんある行いに本来の目的とは別の副次的な効果があることが悪いとは思いませんが、本来の目的からずれた目的や効果を重視しようとすると、多くの場合非合理的な方法になりがちです。

近年は、これによる弊害や違和感が噴出してきているものと感じます。

仕事とプライベートのごちゃまぜにしてもそうで、若い世代はここらへんをきっちり分けたがります。また、日本製品にありがちな機能ごちゃまぜ家電などもこの精神の産物でしょう。

さらには、日本型の会社員はあらゆる分野にわたり異動を繰り返し、色々な知識や経験を「兼ね備えた」ゼネラリストとしてキャリアを積むわけですが、その全てが中途半端なため、結局役に立たないのです。

 

思えば、伝統的な日本の家では、寝るときは布団を敷き、ご飯を食べるときは布団を押入れにしまい、ちゃぶ台を出すなど、一つの部屋に色々な機能を兼ねさせていました。

この影響かどうかはわかりませんが、日本社会ではこの手の「目的のごちゃまぜ」が多く見られ、社会全体が非合理的、非効率的になっていると思います。